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文献を引用すること
 著作権については,以前,地盤工学会誌1)に投稿したことがあります。ただ,ページ数も限定されていましたので,もう少し分かり易いようにというのが,この項の趣旨です。
論文を見ていて気になることは,次のようなことです。
1)引用すべきなのに引用していない
 大学の教員をしていたとき,学生には,論文(主として卒業論文)を書く際の注意として次のような話をしていました(学生が理解できたかは疑問ですが)。
 項目には,①常識,②どこかに載っていた,③自分のオリジナルの三つがある。①と②の区別は難しいこともありますが,自分の知識の中で判断しないといけません。例えば,ヤング係数は常識でしょう。次に述べるSI値はまだ②と思います。そして②についてはからならず文献を引用する必要があります。
 最近,私が困ったのは,Sorokinの減衰(仮説)です。Sorokinの減衰って何?と思われることも多いと思います。Voigtモデルのような速度比例減衰だと減衰項によるエネルギー吸収量が振動数に依存するのを,周波数に依存しない減衰にするために複素剛性を導入する方法で,オリジナルのSHAKE2)で使われている減衰です。昔の本3)でも,最近の論文4)でも,引用がなく,私のセンスから言えば常識として使われているようです。原論文がロシア語ということもあるのでしょうか,色々探しましたが,ついに原論文は見つかりませんでした。でも,Sorokinの減衰という用語は常識用語なのでしょうか?私の知識が足りないのでしょうか? 後の人のことを考え,なるべく論文は引用してほしいものです。
2)孫引きは避けましょう
 実際には見ていないのに,その論文を引用することを孫引きといいます。文献1)でも示しましたが,孫引きは絶対に避けるべき事項です。
 孫引きで非常によく見るのは,SI(Spectral Intensity)値です。日本でよく使われているのは,

\(\hspace{20mm}\) \(SI=\frac{1}{2.4}\int_{0.1}^{2.5} S_{v}(t,20)dt \) (1)

でHasnerの論文5)が引用してあります。しかし,Hausnerの論文には1/2.4はありません。また,Sv(t,20)として示されている20%の速度応答スペクトルも20%と決まっているわけではありません。
 自分で引用するに際してとても気になったので,過去のSI値が載っている論文を次々調べていきました。最後に見つけたのが,文献6)です。論文中にも書いてありますが,たまたま著者の一人が友人だったので聞いてみると,2.4で割ったのはこれがないと変位の次元になっているのを速度の次元にしたということを何のためらいのなく話され,オリジナルを修正しているというイメージはなかったようです。また20%としたのは,(当時はコンピュータが今とは比べものにならないぐらい非力で,応答スペクトルの計算は大変な計算である時代)減衰を20%にすると,速度応答スペクトルはほぼ台形になるので,周期1.5秒の応答を一つ計算すると応答スペクトの積分がほぼ計算できたということであった。
 ここまでわかって,どのように引用するかということに悩んでしまいます。きちんと書くのでしたら,Housnerが提案したSI値5)のKatayamaらによる修正6)ということでしょうか。なぜ,悩むかというと,Spectral Intensity(スペクトル強度)というのが普通名詞だからです。従って,Housnerの提案などの様に定義を限定しないといけないと思うからです。
 普通名詞とすれば,例えば,「次式でSI(Spectiral Intensity)を定義する」(次式とは前に挙げた定義)という書き方も可能です。これならHousnerの論文を引用する必要もありません。しかし,これでは,基本的な考えを提案したHousnerさんに申し訳ないですね。ということで,上に書いたような書き方にせざるを得ないと思うのです。
 SI値のことを書いていて,もう一つ思い出しました。ある国際会議で積分の始点,0.1秒を0.05秒にした発表がありました。0.1の間違いじゃないとと質問したら,これは##の指標だという返事でした。##は発表者の先生の様でした。オリジナルの論文を読んでいないで批判するのはまずいのでしょうが,0.1秒(10Hz)と0.05秒(20Hz)の違いが土木構造物の挙動に大きな影響を与えるとは思えません。それに,そこを変えただけで,独自の名前を付けるのも根性があるなと思いました。我々も割り切って,HousnerのSI値と呼ばず,片山のSI値と呼んでもよいのかもしれませんね(でも,片山先生はたぶんお許しにはならないでしょうね)。
3)引用すれば何でも良いのか?
 まず,引用が必要な理由ですが,著作権法第48条に「次の各号に掲げる場合には,当該各号に規定する著作物の出所を,その複製又は利用の態様に応じ合理的と認められる方法及び程度により,明示しなければならない。」とあります。これには,引用の必要性が書いてあるとともに,引用できる範囲が「合理的と認められる」と書いてあることも重要です。(記憶ですが)昔,ある政治家の海外出張の報告書が,他の出版物の丸写しだったことがあると話題になったことがあります。その際の言い訳が,最後に参考文献と書いてあるということだったように記憶しています。これは,合理的な範囲を明らかに超えていますので,著作権法違反です。これは,剽窃(いわゆる盗作)に当たるものです。そうならないようにするには,権利者(元の執筆者)の許可が必要です。
 ついでにいうと,引用は著作権の権利者の許可を得ないで行うものです。無断引用という用語を耳にすることがありますが,無断で行うから引用なので,この言葉は意味がありません。剽窃(盗作)と言うべきでしょう。ただし,そのように言うときには,名誉毀損にならないように,本当に,剽窃(盗作)なのか確認する必要があるでしょう。
 剽窃にならない引用を「適法引用」と言うようです。適法引用する場合には,引用した文章のすぐ近くに出所明示をする必要があります。また,引用する場合には,最低限,著作物の題号と著作目者が必要です7)。これは我々が普通にしていることです。
 本題に戻って,引用文献とは,引用することが書いてあるものなら何でも良いと思っている方も多いようです。著作権に関わる多くの本では,その場合には原典を引用するとしています。
 文献1)では伝言ゲーム引用という名前を作って,このような例を挙げました。ある文献が引用してあり,それを見ると,別の論文が引用してあり,...という訳です。原典を引用するということが理解されていれば,このようなことは起こらないはずです。
 ただし,原典が見当たらないこともあるでしょう。その場合にどうすべきかと言うことも文献7)など,著作権の本には書いてあります。ここにはいろんな出版物に書いてある孫引きの方法が書いてあります。これらを見ると,原典を引用した文章のすぐ近くに入れ,節の終わりなどに注で実際に引用した文献を示すとなっています。しかし,私たちの論文では文献は番号などで引用し,文末にリストを書くのが一般的です。従って,次の様にするのが実際的と思います。例えば先に挙げたSI値の例ですと
 Housner, ・・・・, 1965(##による)
と書くわけです。ここで,##は自分が読んだSI値が書いてある論文です。大阪人である私の言い方では,「かっこを付けて英語の論文を引用せず,ちゃんと自分の読んだものを正直に引用しろ」ということです。そうすれば,先に書いた引用に式が間違っているなども,論文##の責任であり,自分の責任ではなくなります。
 英語の場合には,as cited inと書くのが良さそうです。ここには次の事例が挙げられています。
According to a study by Adams (as cited in Franklin, 2016), 25% of all US federal prisoners have been diagnosed with some form of social disorder. Adams (as cited in Franklin) contends that this statistic “reflects the de-humanizing conditions of most federal institutions” (p. 76).
なお,この短い文章で「as cited in Franklin, 2016」が二度も示されていることに注意してください。引用したことがわかるようにするためには,引用するたびに示す必要があるという事例でもあります。
 ところで,上に書いた伝言ゲーム引用ですが,実は二つの場合があります。
  1. 一つは原典に手を加えているケース,例えば,式が原典で提案され,その妥当性を見るために実験データを加えたりしているケースです。この場合,実験データを加えたりしている文献を引用するのであれば,伝言ゲーム引用には当たりません。実験データを加えること自体がオリジナリティと判断されると考えられます。もし,これでも原典で引用となるのでしたら,例えば多くの実験値を集めて新しい知見を得る(例えば実験式を提案する)なども,引用するにはすべての原典を引用しないといけないと思うからです。このような書き方は合法の様に考えられていますが,元データの出典を書くべきという意見もあります(例えば,ここ
  2. 引用されている論文が原典から何も変わっていないケースもあります。この場合は,伝言ゲーム引用で,原典を引用するという観点からはアウトです。
4)ちゃんと引用していますか?
 最近,講演などの際,そのPPTを配布したいと依頼されることが普通になってきました。当然,ここにも引用すべき著作物があります。講演中に用いるスライド中であれば,例えば著者と発表年ぐらいを示しておけば良いと思うし,実際,多くの人がそのようにしています。しかし,そのコピーを配るとなると話が別です。つまり,これが出版物に当たるのであれば,引用はきちんとしておく必要があります。私は,配付資料の最後に出典の一覧表をつけていますが,そのような例は他には見たことがありません。著作権に詳しい方と相談すると,必要ということでした。

参考文献
  • 1)吉田望:引用と孫引き,地盤工学会誌,Vol.67,No.8,pp. 34-35,2019
  • 2)Schnabel, P. B., Lysmer, J. and Seed, H. B. (1972): SHAKE A Computer program for earthquake response analysis of horizontally layered sites, Report No. EERC72-12, University of California, Berkeley
  • 3)小西一郎,高岡宣喜:構造動力学,丸善,295pp.,1973
  • 4)Hricko, J.: Modelling compliant mechanisms-comparison of models in MATLAN/SimMechanics vs. FEM, Proc., 21st International Workshop on Robotics in Alpe-Adria-Danube Region, pp. 57-62, 2012
  • 5)Housner, G. W.: Intensity of earthquake ground shaking near the causative fault, Proc., 3WCEE, Vol.I, pp. III-94-III-115, 1965
  • 6)Katayama, T., Sato, N., Ohbo, N., Kawasaki, M. and Saito, K. (1986): Ground shaking severity detector by use of spectrum intensity (SI),第7回日本地震工学シンポジウム,pp. 373-378
  • 7)宮田昇(2008):学術論文のための著作権Q&A,新訂2版,東海大学出版会,163pp.






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Updated: 31 May, 2020