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Lysmerの提案とその問題点

 この内容は,私たちの論文1)を分かり易く説明したものです。

 SHAKE2)に使われている複素剛性法は,SHAKEの減衰で詳しく説明しました。その後,SHAKEの開発者の一人であるLysmerさんが複素剛性に関して新しい提案をしました3)。そのため,SHAKEの最新版(SHAKE91,4))をはじめ多くのプログラムでこの提案が採用されています。ここでは,その考え方を紹介するとともに,Lysmerさんの論文には全く書かれていない,モデルの力学的な性質,モデル化の不合理な点などを紹介します。

1. Lysmerの提案

1.1 Voigtモデルの解

 Lysmerは1自由度系の振動問題の解析から,SHAKE(に用いられているSorokinモデル)の不都合を指摘し,新しい複素剛性を提案しました。まず,運動方程式は減衰に関する用語で示しましたが,次の様に書けます

\(\hspace{20mm}\)\(m\ddot{\overline{u}}+c\dot{\overline{u}}+k\overline{u}=e^{i\omega t}\) (1)

ここで,前には外力項(式(1)の右辺)は\(f(x)\)と書いていましたが,ここでは,質点に大きさ1の調和外力を加えているので\(e^{i\omega t}\)になっています。また,変位は複素数としています。

 ここで,系の固有円振動数\(\omega_0=\sqrt{k/m}\)と1自由度系の臨界減衰比\(\beta_1\)

\(\hspace{20mm}\)\(2\beta_1=\cfrac{c}{\sqrt{mk}} \)(2)

の関係を用いると式(1)の定常解は次の様になります。

\(\hspace{20mm}\)\(\overline{u}=\cfrac{1}{\omega_0^2-\omega^2+2i\beta_1\omega\omega_0}\cfrac{e^{i\omega t}}{k}=\cfrac{1}{1-\alpha^2+2i\beta_1\alpha}\cfrac{e^{i\omega t}}{k} \)(3)

ここで,減衰に関する用語では臨海減衰比は\(\beta\)で表していましたが,,SHAKEの減衰で示したように,1自由度系と地盤の解析では\(\beta\)の定義が違うので区別するために1自由度系の方は\(\beta_1\)で表現しています。また,\(\alpha=\omega/\omega_0\)はtuning ratioと呼ばれており,作用させる正弦波の円振動数の系の固有円振動数に対する比です。つまり,\(\alpha\)は加力の振動数に依存する量です。この実部を計算すると,変位応答は次の様になります。

\(\hspace{20mm}\)\(u=\cfrac{\cos{(\omega t-\phi)}}{k\sqrt{(1-\alpha^2)^2+(2\alpha\beta_1)^2}}\),\(\tan{\phi}=\cfrac{1\alpha\beta_1}{1-\alpha^2}\)(4a,b)

ここで,\(\phi\)は位相遅れ角で,加振の振動に対して応答が送れる量を表している。ここでは,Voigtモデルを使った定式化なので,これをVoigtモデルと呼ぶことにします。

1.2 Sorokinモデルの解

 Sorokinモデルの複素剛性は,SHAKEの減衰の式(20)に示されています。この\(G\)を系のばね定数\(k\)に置き換えると運動方程式と複素剛性は次の様になります。

\(\hspace{20mm}\)\(m\dot{\overline{u}}+k^*\overline{u}=e^{i\omega t} \)(5)

 この運動方程式の定常解は次の様になります。

\(\hspace{20mm}\)\(\overline{u}=\cfrac{1}{\omega_0^2-\omega^2+2i\beta_1\omega_0^2}\cfrac{e^{i\omega t}}{m} \)(6)

この実部を取り出すと,定常解は次の様になります。

\(\hspace{20mm}\)\(u=\cfrac{1}{k\sqrt{(1-\alpha^2)^2+(2\beta_1)^2}}\cos{(\omega t-\phi)}\),\(\tan\phi=\cfrac{2\beta_1}{1-\alpha^2}\)(7)

この解は式(4a)と違います。

1.3 Lysmerの提案(Lysmerモデル)

 Lysmerさんはこれに対して,次の複素剛性を提案しました3)

\(\hspace{20mm}\)\(k^*=k(1-2\beta_1^2+2i\beta\sqrt{1-\beta_1^2})\)(8)

これを用いて,これまでと同様にして運動方程式を用いると,変位は次の様になります。

\(\hspace{20mm}\)\(u=\cfrac{1}{k\sqrt{(1-\alpha^2)^2+(2\beta_1)^2}}\cos{(\omega t-\phi)}\),\(\tan\phi=\cfrac{2\beta_1\sqrt{1-\beta_1^2}}{1-\alpha^2-2\beta_1^2}\)(9)

式(7)と式(9)の変位振幅が同じになりました。しかし,位相遅れ角が違いますから,復元力特性が同じになるわけではありません。

 ここまでは,いくつかの本5),6)や論文7)に書いてあります。本5),6)によると,このLysmerさんの提案は余り評価されていないようで,減衰が小さい間(\(h\leq 0.3\))にはSHAKEの減衰との差は大きくないので,Sorokinモデルで十分というような感じで書いてあります。その他,Lysmerモデルだと,\(\beta=1\)の時に\(G^*=-G\)になるし,実部が負になるようになるなどの問題点も指摘されています。

2 Lysmerモデルの適用性の問題

 Lysmerさんの提案は,式(8)が突如出てくるので,その背景がわかりません。そこで,もう少し追求してみます。

2.1 Lysmerモデル以外の解

 Lysmerさんの提案は1.3節で述べた様に,1自由度系のVoigtモデルと変位を同じにするという条件でした。この解はこれ一つではありません。試しに,複素剛性を\(k^*=k(k_r+ik_i)\)と置いて,式(5)に代入して,さらに,式(4a)と振幅が同じという条件を用いると,次の式が得られます。

\(\hspace{20mm}\)\(1-2\alpha^2+4\alpha^2\beta_1^2=k_r^2-2k_r\alpha^2+k_i^2\)(10)

つまり,この式を満たす\(k_r\)と\(k_i\)の組合せであれば,すべて,Voigtモデルの解と振幅が同じになります。試しに,\(k_r=1-2\beta_1^2\)を代入すると,\(k_i=2\beta_1\sqrt{1-\beta_1^2}\)が得られます。一方,履歴吸収エネルギーを合わせるために,\(k_i=2\beta_1^2\)とすれば,\(k_r=\alpha^2\pm\sqrt{(1-\alpha^2)(1-\alpha^2-4\beta_1^2)}\) が得られます。この\(k_r\)にはtuning ratioが含まれているので,振動数依存ということになり好ましくありません。全部を調べたわけではありませんが,Lysmerモデルは複素剛性にtuning ratio\(\alpha\)を含まない唯一の解と思われます。よく思いついたものと感心します。

 なお,上の検討からわかるように,振幅と位相の両方を合わせるモデル化は不可能です。従って,振幅を合わせるというLysmerさんの主張が工学的に重要な意味を持っているとは考えにくいです。位相が異なると履歴吸収エネルギーの量が変わります。

2.2 調和外力下の定常振動問題

 減衰定数とか臨海減衰比に関する議論は,減衰自由振動で議論されるのが一般的です。また,調和外力が議論されるのは,増幅比に関してだけと思われます。下図の様な増幅比の図は,振動論の講義で必ず現れるものです。

\(\hspace{20mm}\)

 以下では,少し見方を変えて,減衰という観点で見てみましょう。Lysmerさんが用いたのと同じ外力を考えますが,実数の範囲で考えます。運動方程式は次の様です。

\(\hspace{20mm}\)\(m\ddot{u}+c\dot{u}+ku=\cos{\omega t}\) (11)

ここで,復元力を\(Q\)とし,これまでと同様にこの式を変形すると,次の様になります。

\(\hspace{20mm}\)\(Q=-m\ddot{u}+\cos{\omega t}=C\dot{u}+ku=\cfrac{2\beta_1k}{\omega_0}\dot{u}+ku\) (12)

 定常状態では変位の振動数は外力の振動数と同じになるので,変位を

\(\hspace{20mm}\)\(u=u_0\cos{(\omega t+\phi)} \)(13)

と置く事ができます。これを式(12)に代入し,\(\sin{(\omega t+\phi)}=\pm\sqrt{1-\cos{(\omega t+\phi)}}\)の関係を用いると,次の様になります。

\(\hspace{20mm}\)\(Q=ku\mp 2\beta_1k\cfrac{\omega}{\omega_0}\sqrt{u_0^2-u^2} \)(14)

これより,履歴吸収エネルギー\(\Delta W\)およびひずみエネルギーは次の様に計算できます。

\(\hspace{20mm}\)\(\Delta W=2k\beta_1\cfrac{\omega}{\omega_0}\pi u_0^2 \)(15)

したがって,減衰定数は

\(\hspace{20mm}\)\(h=\cfrac{1}{3\pi}\cfrac{\Delta W}{W}=\beta_1\cfrac{\omega}{\omega_0}\)(16)

 つまり,\(\beta_1=h\)となるのは,\(\omega=\omega_0\),すなわち共振しているときだけです。これかみても,\(\beta_1=h\)の条件下で複素ばねと1自由度系の問題を対比しているLysmerの提案は力学的意義に乏しいということができます。

2.3 他のモデルとの挙動の比較

 それでは,Lysmerさんのモデルと他のモデルを比較してみましょう。下図にtuning ratio\(\alpha\)が0.5と2.0の場合についての挙動を比較しました。\(\alpha=0.5\)は\(\omega/\omega_0=0.5\)ですから,加振の振動数が固有振動数より小さい,つまりゆっくり加振したとき,一方,\(\alpha=2.0\)は早く加振したときになります。左の図の縦軸は変位,横軸は時間に相当しています。また,右側は荷重と変位の関係に相当するものです。VoigtモデルはLysmerさんがターゲットとした1自由度系の応答,SorokinはオリジナルのSHAKEの複素剛性,LysmerはLysmerさんの提案です。また,YASモデルはLysmerさんのモデルより合理的と私たちが提案したモデルで,合理的な複素剛性で詳細に説明しています。

\(\hspace{20mm}\)

時刻歴で見ると,例えば,\(\alpha=0.5\)のケースではVoiftモデルの黒い線は他のに比べて左側にあります。これは位相遅れ角(式(9)の\(\phi\))が小さいと言うことです。仮に\(\phi=0\)とすると,外力と変位は同じように動きますので,右側の図は直線になります。つまり位相遅れ角が小さいほど履歴吸収エネルギーは小さくなります。右側の図を見るとそのことがわかります。

 計算では\(\beta=0.3\),すなわち減衰定数が(大体)30%の値を使っています。大きい方が履歴曲線が太るので違いが見やすいです(原論文1)では\(\beta=0.2\)を使っていますので他の\(beta\)の値に興味のある方はそちらも見て下さい。)。これを見ると,VoigtモデルとLysmerモデルは変位は同じになっていますが,応答は相当違います。これから見ても,Lysmerさんの提案は説得力に欠けると思います。

3 Lymserモデルの力学特性

 これまでの話は先に挙げたようにいくつかの文献に示されていますが,これだけではLysmerモデルの力学特性がわかりません。これまでにも,SHAKEの減衰や上で示したように,本来応力-ひずみ関係の表現である複素剛性法を1自由度系の振動問題にすり替えるのに問題があります。そこで,ここでは応力-ひずみ関係の問題としてその力学的特性を見てみましょう。つまり,これまでの\(\beta_1\)は\(\beta\),\(k, \overline{k}^*\)は\(G, \overline{G}_L^*\)と書き直します。すると,複素数の応力-ひずみ関係,およびその実部をとった実数の応力-ひずみ関係は次の様になります。

\(\hspace{20mm}\)\(\overline{\tau}=\overline{G}_L^*\overline{\gamma}=G\gamma_0(1-2\beta^2+2i\beta\sqrt{1-\beta^2})(\cos{\omega t}+i\sin{\omega t}) \)(17)

\(\hspace{20mm}\)\(\tau=G\{(1-2\beta^2)\gamma\pm 2\beta\sqrt{1-\beta^2}\sqrt{\gamma_0^2-\gamma^2}=G\gamma_0\cos{(\omega t+\phi)} \)

\(\hspace{20mm}\)\(\tan{\phi}=\cfrac{2\beta\sqrt{1-\beta^2}}{1-2\beta^2} \)(18)

となります。Lysmerさんの論文には何も書いていませんが,Lysmerモデルの最大せん断応力は実験値と同じになります。1質点系の変位振幅を同じにするという発想で作られた複素剛性にはこんな合理的な意味もあったんですね。次に,履歴吸収エネルギーを求めると,次の様になります。

\(\hspace{20mm}\)\(\Delta _W=2\beta G\gamma_0^2\pi\sqrt{1-\beta^2} \)(19)

これから減衰定数を求めると,次の様になります。

\(\hspace{20mm}\)\(h=\beta\sqrt{1-\beta^2} \)(20)

つまり,これまで,みんな\(\beta=h\)と考えてきたのですが,そうではなかったんです。これは,Lysmerモデルの大きな欠点です。式からわかるように,\(h\)は\(beta\)より小さいですから,\(\beta\)を減衰定数として使ってきたこれまでのSHAKEをはじめとする等価線形解析は減衰を小さく評価していたと言うことになります。

 これまでに見たように,Lysmerモデルは地盤の地震応答解析に用いるには合理的なものではありません。1質点系の応答と土の応力-ひずみ関係をごっちゃに議論していますし,どちらの観点から見てもよい説明がされているとは思えません。それでは,何がよいのでしょうか? これを提案したのがYASモデルです。合理的な複素剛性で詳細に説明しています。


参考文献
  • 1)吉田望,安達健司:地盤の地震応答解析のための複素剛性法,日本地震学会論文集(投稿中)
  • 2)Schnabel, P. B., Lysmer, J. and Seed, H. B. (1972): SHAKE A Computer program for earthquake response analysis of horizontally layered sites, Report No. EERC72-12, University of California, Berkeley
  • 3) Lysmer, J.: Modal damping and complex stiffness, University of California Lecture note, University of California, Berkeley, 1973.
  • 4) Idriss, I.M. and Sun, J.L.: User's manual for SHAKE91, A computer program for conducting equivalent linear seismic response analysis of horizontally layered soil deposits, University of California, Davis, 1992
  • 5) Kramer, S. L.: Geotechnical earthquake engineering, Prentice Hall, 653pp., 1996
  • 6) Christian, J. T., Roesset, J. M. and Desai, C. S.: Two-and Three-dimensional dynamic analyses (chapter 20), Numerical methods in Geotechnical Engineering, McGraw Hill, pp. 683–718, 1977
  • 7) 宇高竹和,大島快仁,渡辺泰介,仲摩貴史:全応力時刻歴非線形解析との比較に基づいた等価線形解析の精度に関する一考察-精度向上のための手法の提案-,地盤工学ジャーナル,Vol. 9,No. 2,pp. 185–202,2004.

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Updated: 31 May, 2020