シリーズ 基礎地盤のプロに訊く

月の地盤を見据える
若手「機器開発者」の元気

技術本部 調査機器事業部

小林 陵平

(こばやし りょうへい)
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技術士という国家資格がある。技術者にとって最も権威のある資格であり、この資格を取得した者は、科学技術に関する高度な知識、応用能力および高い技術者倫理を備えていることを国家により認定される。技術士には、機械、船舶・海洋、航空・宇宙、資源工学、建設、環境、原子力・放射線など、全部で21の部門が設けられている。それぞれの業界内では周知の資格だが、一般の認知度はそれほど高くはない。だが、彼らの持つ確かな技術力のおかげで、ニッポンのインフラが支えられているのもまた事実である。

基礎地盤コンサルタンツの小林陵平は、昨春(2023年)、技術士(建設部門)の資格を収得した。実務経験などの選考過程を経て7年の年月を要した。小林は2015年入社、海外事業部に勤務し、シンガポール、バングラデシュで地盤調査の経験を積み、現在は地質サンプリングのための機器開発のセクションに在籍している。前回登場の若杉が土の特性を調べるプロフェッショナルなら、小林は地盤の全般を担うエキスパートだ(調査、解析、設計)。地元神奈川を愛する小林は、さわやかな笑顔で社内のムードメーカーでもある若手のホープだ。

「技術士の資格は、大学院を出ていると4年(最短)で取得できるはずなのですが、自分はあまり優秀なほうじゃないんで、もう少しかかりました。でも、これでも早めに取れたほうなんです(笑) 入社して3年間は海外で、地盤に関するいろいろな経験をさせてもらいました。今は技術士の立場で、調査のための機器開発をしています」

技術士のいったい何がすごいのか。俗な言い方だが、建築では一級建築士、ゼネコンでは一級施工管理技士、土木コンサルでは技術士の資格があれば食い逸れることがないと言われている。スタンドプレーも可能な選りすぐりのスペシャリストを連想させる立場だが、技術士はけっしてひとりで活躍できるわけではない。

「技術士はチームでやる仕事です。資格の審査には専門知識のほかにリーダーシップやコミュニケーション能力なども必要とされます。実際現場でも、コンサル、設計、ゼネコンさんたちとの意思疎通が重要になります。ものすごい数の人々の力が結集してインフラが成り立っている。技術士としての私の仕事は、地盤に関する細かい知識と大きな視野で、みなさんの安全を守っていく仕事です」

現在、小林は地盤調査のための機器開発のセクションに在籍している。地盤を調べる方法にはいくつかある。その代表的なものは「サンプリング」と「サウンディング」である。サンプリングとは、円柱状の機械を使い、地中にあるそのままの状態で直接土を取ってくる方法だ。地中の深さや採取する量、採取の間隔などは案件ごとにそれぞれだ。採取した土を抜き出し、一定の試験をして特性を調べる。試験室においてその試料を調べ研究するプロフェッショナルが、前回本稿で紹介した「調査の匠」若杉の仕事である。

そして、もうひとつの方法がサウンディングだ。サウンディングは、抵抗体を地中に挿入し、貫入、回転、引抜きの抵抗値から地盤を調べる方法である。なかには、抵抗体そのものにさまざまなセンサーを取り付け、先端の抵抗や周面の摩擦力、地下水の水圧などの情報から土の性質を調べるものもある。これら地質調査には、その用途にあった適切な機械が必要になる。その開発を手掛けているのが、現在小林が在籍する調査機器事業部である。

「技術士の仕事が地盤に対するドクターのようなものだとすれば、現在私が携わっているのは、胃カメラやエコーなどの検査機器を開発しているセクションにあたります。地盤を調べる機械に関して、おかげさまで当社は業界のパイオニアとされています。これまで開発した機器が(業界全般で使用されるよう)基準化され、また海外から仕入れた機器をいち早く基準化して幅広い活用に結びつけていけたのは、やはり当社の先輩たちの苦労と努力のおかげだと思っています」

土を調べるためにはその調査の目的・方法などを考え、既存の機器を使用する。だが、それだけでは事足りない。少しでも使いやすいよう、また正確な数字を計測できるよう、そして構造物の安全にさらなる貢献ができるように日々新たな機器を開発しようとする。


関東学院大学大学院工学研究科土木工学専攻
趣味は旅行、日帰り温泉巡り



「用途や使い勝手、製作コストなどを考え、機器のアイデア、設計を担当します。機器製作のための専門的な知識は、協力会社さんやお付き合いのあるファクトリーと連携を図ります。こういったものを作りたいと私たちの考えや設計思想をぶつけ、機械工学的な判断やアドバイスをいただき、試行錯誤しながら実際の機器として作り上げていきます」

巨大な構造物を建設するための機器、歴史的な建造物を世に送り出すための装置。さぞそれは巨大で精密で手のかかるもの。素人にはまったくイメージがわかない。実際の「お金の規模感」は? 私はそんな単純な質問をした。

「用途やケースによりますけど、数十万〜数百万円見当ですかね。地盤調査はもともと多くの職人さんや小規模の協力会社さんなどが従事している裾野の広い分野です。そういう調査を担う多くのみなさんに使ってもらう技術じゃないと意味がない。最新鋭、億単位の機械も製作することは可能です。だけど、ハイスペックで使いやすく、また実際に現場で使ってもらえる汎用性のある機械が理想なんですね」

もちろん、コストをかけた最新鋭の機械に対する情熱も失ってはいない。現在、基礎地盤コンサルタンツでは、「月の地盤を調査」するという未来型プロジェクトの真っ最中である。それは、最新鋭の技術の集積による開発となる。

「国家関連の専門家の方からのご依頼であったり、昔からお付き合いのある大学の先生との共同研究のかたちで、少しずつ進めさせていただいております。うちにしかない技術としてアピールできれば、それはひとつの売りになります。技術力の評価を勝ち取っていくことも大事です。ですが、やはり国土を支えるコンサルファームとして、技術や知識を独占するのではなく、世の中に広く活用していただけることを目指しています。月面ももちろんそうですし、海中や軟弱地盤などの調査には、やはりいろいろな技術が必要です。そのなかのひとつでも開発できれば、それが社会のためになるし、当社の営業ツールとして会社にもじゅうぶん貢献します」

この会社の未来に向けてストックすべき「武器」を作っているということですね。

「そうですね。うちの根幹的な事業は、あくまでも地盤調査と設計です。そのなかでの小規模な特殊任務でしょうか。社内の技術を業界や学会を通じ社外にアピールしていくという重要な役割も担っています」

小林の所属する調査機器事業部には現在5名のスタッフがいる。主任である小林の他、部長、課長、ボーリングの現場担当技師、さらに去年から小林の下にもうひとりの若手が加わった。

「去年までは私が一番下でした。部課長は50代なので、その間の年齢はぽっかり開いています。世間的には就職氷河期でしたよね。当社でもやっぱりその年代がちょっと少ないですかね」

現在、部署では「凍結サンプリング」機器の簡素化を探っている。サンプリングの際に土を凍結させ地上に上げる技術はすでに開発されている。ただ、この凍結サンプリングは、ビル建築などの際に周辺一帯の調査で、数千万から1億ものコストがかかる。それを簡易化し数百万円規模までコストを下げていくための機器開発である。

「医学の世界なんかだと、体内にワイヤーを入れて正確な検査ができるとか、いままでできなかった手術ができるとか、そんな時代になっているのだと思います。私たちの少人数の部署では、そこまでかっこいいことがやれているのかどうかはわかりません。ただ、今まで採取できなかった土を取れるようにしたり、また以前よりも効率的、もしくは高品質に土を取れるようにしたりと、日々努力しています」


開発チームとデスクにて。確かな技術と自由な発想で未来を見つめている。

神奈川県大和市出身である小林は、小さい頃の野球少年を経て、神奈川県立神奈川総合産業高校に進学、自由闊達な学生時代を過ごし、基礎地盤コンサルタンツと縁のある関東学院大学に入学する。

「高校なのに単位制で、制服もない自由な高校でした。私が2期生にあたります。私の時は合併で新設されたばかりだったのでグラウンドもなく、運動会は3年生の時しかありませんでした。当時はあまり偏差値の高い高校ではなかったのかもしれませんが、私もあまり勉強せずのんびりと過ごしていたような気がしています。そんな姿勢は大学に進学して変わりました。工学部の指導教官が有名な方で、私にとってもとてもいい先生でした。いまにつながる地盤の勉強も楽しかったですし、学部全体がこじんまりとしていたので友人も多く、旅行などもいろいろな場所に行きました」

小林が進学し専攻したのは「都市環境デザインコース」だった。

「私はもともと土木に興味がなくて、都市環境デザインという耳障りのいい学科になんとなく入ったって感じでした。コース紹介のパンフレットの表紙はかわいらしい女性の方でした。実際入ってみたら女性は1割もいなかったですけど(笑) 我々の時にそういう名前で募集して集めた結果、最後まで続かない人が多かったそうで、今は土木・都市防災コースに変更しているみたいですね。後に私の指導教官が、“なんとなくのイメージで入ってもらっても辞めてしまうので、真剣に土木を学ぶという心づもりで入ってきてもらわないと困る”とこぼしていました(笑)」

小林の恩師である指導教官は、小林が大学院在籍中に学長となり、現在は同大学の理事長を務めている。現在、基礎地盤コンサルタンツと深い関係にある土木工学の研究者、関東学院大学の規矩大義(きくひろよし)氏である。小林に土木の道の楽しさと地道さを教え、いまも多くの学生に影響を与えている。

「それまでの反動でしょうか、大学時代は本当に土木の勉強がおもしろくて、自然とこの業界に入ってくるだけの下地ができました。土木の勉強は高校時代には習わないわけで、大学から開始するまったく新しい分野です。ですから、今まであまり勉強してこなかった私のようなタイプでも、その時点からの勉強でプロを目指せる。あまり偏差値の話もなんですけど、そういう高学歴・高偏差値の方たちと、数学の話ではまったくかなわないけど、土木の話なら対等に話せる。同期で東大のドクターの方ともともに働いています。土木って、泥臭くって印象はよくないみたいだけど、フェアで夢があって、私にとってはそんないい分野なのだと思っています」

いまの仕事には、高い偏差値ではなく、いったい何が必要だったのか。

「そうですね。むずかしい質問だと思います。私はまだまだですが、未来を見通す力なのかもしれませんね。国土の発展や安全を見守りながら未来社会に貢献していく。大きく言えば、これが我々の使命です。今の技術を未来に向けどのように発展させていけばいいのか。迫りくる未来での困難に立ち向かうためにどんな発想をしていけばいいのか。まだ漠然としていますが、そんなことを試されているような気がします」

前回の若杉氏に聞いたプロフェッショナルが体験する一種の「職業病」の話を聞いてみた。

「あるって言ったほうが記事的にはおもしろいのかなと思いますけど、私は会社を一歩出ると仕事はすっかり忘れている方です(笑) 思い込みかもしれませんが、開発部署なので頭を切り替えた方がいい発想が出る気がしています。一人旅が大好きなんです。先週も五島列島にいました。きれいな海を眺めていたり、その土地の新鮮なものを戴いていたりすると、こういう国土みたいなものと関われる仕事をしていることをじんわりとですが、うれしくも思います」

休日には何をしています?

「地元神奈川の酒蔵をまわったりしています。大都会に思えるけれど、神奈川にも13ぐらい酒蔵があるんです。愛甲郡、小田原、山北、あと海老名、橋本にも、『相模灘』っていうお酒なんかおいしいですよ」


横浜ベイスターズを応援しにスタジアムへ

いい思い出もあって、小林さんは神奈川が好きなんですね。

「好きですね。地元の観光地にはあまり行かないとか言う人もいるけれど、僕はよく行きます。葉山行ったり鎌倉いったり、箱根も。今年から野球観戦も再開しました」

応援は横浜ベイスターズですか?

「もちろんです!」




予想もつかない未来に向けて、小林の頭からはいったい何が飛び出してくるのか。そんな楽しみを感じさせるインタビューだった。(敬称略)