シリーズ 基礎地盤のプロに訊く

「心技体」に通ずる
防災エキスパートの心得

九州支社 防災設計部 部長

東風平 宏

(こちひら ひろし)
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九州支社防災設計部部長・東風平宏(こちひらひろし)は防災のエキスパートである。兵庫県姫路市出身、山口大学で地質学を学び、九州に赴任した東風平は福岡で地質調査のキャリアを積んだ。ジオエンジニアとしてようやく独り立ちができるようになった頃、九州のある豪雨災害に遭遇し、これが彼のその後の仕事人生の転機となる。

「若い頃は、道路など新しくものを造るための地質調査に取り組んでいました。でも、自分には何かが足りない、このままでは技術のある先輩たちに追いつけない、そんな漠然した悩みを持っていました。そんな時、豪雨災害が発生し、災害復旧にある設計技術者といっしょに取り組む機会がありました。九州は台風上陸など全国的にも豪雨災害の多い地域です。私の眼には、その技術者が悪戦苦闘しながらも、お客さんから非常に頼りにされているように見えました。おおげさに言えば、この豪雨災害の復旧業務を経験したことで、自分のなかでなにかが動いた感じがしました。そんな気持ちを知ってか知らずかわかりませんが、タイミングよく部署異動の打診を受け、自分の視野を広げ成長するためにもいい機会だと考え、防災の世界に飛び込みました」

九州で起きた災害といえば、2016年4月14日、16日に発生した熊本地震が印象に残る。熊本地震は震源が浅く、広範囲にわたって大きな被害をもたらした。東風平は熊本地震の復興事業を経験することになる。そこで彼が学んだこと。

「阿蘇大橋地区の大規模な斜面崩壊など、一連の災害復旧を担当しました。そこで痛切に感じたのは、やはり時間との戦いです。安全はあたりまえ、二次災害の防止も大前提、インフラを復旧させて被災者の日常生活を一刻も早く元に戻さなければならない、これが使命です。地域経済の停滞ももちろんだけど、救急車の通る道が10日間ふさがれたら、その10日の間に急病で亡くなる人が出てくる。絶対にそうさせるわけにはいかないのです。復旧はできるできないの話ではなく、いつできるのかが問われる。国や県・市町村が旗振り役になり、学者、我々のようなコンサルタント、施工業者がチームを組み、一丸となり素早い復旧を目指す。まだまだ経験も浅く、無我夢中でしたが、次に繋がるようないい経験をさせてもらったと思っています」

災害を経験することで「地質リスクマネジメント」の重要性を改めて認識させられる。地質リスクマネジメントとは、地形・地質や地下水、地盤等に起因するリスク、いわゆる地質リスクを抽出、分析・評価し、最適な対応を実施する継続的なプロセスのことである。東風平は、防災体制強化の社命を受け、現在、防災のエキスパートとしてこの地質リスクマネジメントに取り組んでいる。


熊本地震の復旧作業時の東風平氏

熊本地震の復旧作業時の東風平氏


「災害からの迅速な復旧も大事ですが、適切な地質リスクマネジメントにより、効率・効果的にインフラの安全性をあらかじめ確保することも重要になっています。天災を止めることはできないけど、被害を最小限に食い止めることは可能です。既存の地形や地質データ、過去の調査報告を収集・分析する。現地を観察し、サンプルの採取や測定を行い、全体像を把握する。これらの情報から地質・地盤の不確実性がもたらす影響を評価し、地質リスクの発現を最小限に抑えるために、構造物による対策や監視など、ソフト面・ハード面での取り組みにより、安全性を確保していきます」

年中大災害に対応しているわけではない、災害が比較的落ち着いている時期に「地質リスク」を常に意識し、危機に先回りして対応する、そういうことをやられているわけですよね。山あいの道をクルマで走っていると目に入る斜面を固めている箇所なども、すべて調査し設計している「防災」と捉えていいということですね。

「そうですね。たとえば、山は人が手を加えた場所に対して、自然な状態に戻ろうとします。ですからそれに対して、何かが起きるかもしれないと、見張りや手当てを行っている。どこで何が起きるかということの完全な予測はできませんが、少しでもリスクを軽減させるのが大事だと思ってやっています。近年の雨は線状降水帯というように外力が大きくなってきているので、予想し得ないところから斜面が壊れたり、災害が起きたりする。正直、災害対応はいろいろな意味で気が重い。雨の季節は憂鬱です。地質リスク、予防保全など必死に防災を学び取り組んでいますが、リスクは年々高まる一方で、悩みは尽きません」

そういうお気持ちは、東風平さんの使命感ですか?


東風平宏氏(九州支社にて)

東風平宏氏(九州支社にて)

「どうなんでしょう。われわれ民間の仕事はあくまでも営利企業で、私も給料をもらってやっています。ただ、営利目的で仕事をいつもやっているかというと、そう簡単に割り切れるものでもありません。自分が手をつけた場所(斜面など)が長い期間何ごともなく壊れないでいるのを見るとホッとします。そういった場所をひとつでもふたつでも増やしていけば、何も起きなくなるわけですけども、そんなことはなかなか難しいですよね。以前、道路管理者の方といっしょに、被災した道路を見て回ったことがあるのですが、ここが壊れている、ここが危ないなど、観察しながら走っていく。で、どうすればいいかをいっしょに考えて、提案させてもらって、自らの手で調査や設計を行う。技術力ももちろんだけど、土木は属人的というか、ここは自分がやったのだから、自分がここのことをいちばんよく知っているみたいな、なんていうか“こだわり”みたいなものも意外に大事なんじゃないのかなと思いますね」

東風平は技術士の資格を4種持っている。同じ技術士資格と言っても専門が違うと、追求する知識の範囲も違う。1種を取得するのもたいへんだが、4種を取得するのは何よりも根気が必要だ。

「何年やってもまだまだわからないことが多いんです。現場の経験で知識を積み上げていくのも大事だけど、空いた時間でさらに積み上げることができないのかなって思うんです。そういう気持ちが資格の勉強につながっているのだと思います。そんなにいっぱい取るものでもないし、専門を極めれば、1個で十分だとは思うんです。ですが、少しでも広い視点で見たいなと思っているんです。それぞれのスペシャリストに比べると専門力は弱いけれども、いくつかに精通していれば、いろいろなところの間に立てるわけじゃないですか。たとえば、道路が壊れたとき、どういったかたちで復旧しようという全体像は調査する側の人間だけだとわからないかもしれない。逆に、設計する側の人は地盤のことがわからないかもしれない。おたがいに意見がかみ合わない、隙間ができそうなときに、橋渡しみたいなことができればいい。そうすることによって、1日でも2日でも復旧が早くなることで、チームに貢献できると思うんですね。日々、目まぐるしいですが、私は常に歩みを止めないことが大切だと思います。技術や考え方など、社会の変化や進歩は凄まじい。その場に立ち止まってしまうと、現状維持ではなく後退になってしまう。前進はできなくても後退はしたくない。かっこつけて言っていますが、何かしておかないと、みなさんについていけなくなるのが怖いだけなんですよね」

東風平は、その浅黒く引き締まった体型とさわやかな笑顔がスポーツマンを感じさせている。身体を動かすことが性に合っているという。土木や地質は単なる知識の集約ではなく、経験工学的、属人的技術であると語るエンジニアは、いま現場に何を見つけようとしているのか。


週末は、お子さん(小学6年)と自転車で遠出をしたり、趣味の海外サッカーの雑誌を読んだりしているそう

週末は、お子さん(小学6年)と自転車で遠出をしたり、
趣味の海外サッカーの雑誌を読んだりしているそう

「小さい頃から親の勧めで、習い事をたくさんしました。警察の剣道教室に通っていましたし、大学に行き少林寺拳法、社会に出てからはテコンドーにも取り組んでいました。これら武道を学ぶなかで教わった「心技体」の話ですが、今になってその重要性がよくわかるようになりました。やっぱり、心が前を向いていないと体がついていかない。どんなに体力があっても技術があっても、気持ちがないと結果がついてこない。心と体、技のバランスを常に保っていないとうまくいかないというのはよくわかります。われわれは、現場もデスクワークもほどよく経験できます。出張も多く、いろんなところに行ける。意志さえ持てば、いろんな体験をすることが可能です。ちょっと語弊のある表現かもしれませんが、この仕事は、心技体が整ったいい仕事だと思います。これから人が減り、この業界でも以前に比べ積み重ねる経験が少なくなるかもしれません。新しい技術でそれらを補うという方法も積極的に取り入れる必要があります。最近、定年を迎えた技術者といっしょに働く機会が多く、やっぱり得るものが大きいと感じています。豊富な知識と経験に基づく先を見通すチカラ、そんな目線がすぐそばにあることで、心のゆとりも生まれます。属人的に積み重ねた豊富な知識や感覚。これを大事に引き継ぎ、自分の経験と積み重ねていく。目新しいことではないですが、ひとつの答えなのかもしれませんね」

最後に、どんな若者と仕事をしたいですか

「前向きな人ですね。これはできませんっていうんじゃなくて、試してみましょう! って、元気に言える人がいい。自分がなかなかそう言えないタイプなんです。けっこうネガティヴに考えてしまう。でも、失敗してもいいから前に行くっていう若い人が多くなると、自分も引っ張られるんじゃないかって。世の中いろいろ批判的なことが多いですけど、批判を恐れて慎重にいくよりも一歩踏み出していける人が、会社、社会を動かしていく。そんな気がします。基礎知識や志はあるに越したことないけど、そうでない人も臆せず飛び込んで来てほしい。私自身、入社する前に何か特別に光るもの、人と違う強い個性があったわけではないですが、周囲のサポートに恵まれ今までやってこられました。この業界は、まだまだ経験がものをいうと思います。サポートをしてくれる人は全国にいますので、スタートラインは気にせず、前向きな気持ちでいらしてください」(敬称略)