シリーズ 基礎地盤のプロに訊く

働く環境は自分で作る
女性「技術士」の日常

北海道支社 地盤技術部 課長

酒向 明子

(さこう あきこ)
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男女雇用機会均等法が施行(1986年)され、40年近くが経つ。令和の時代になった今、日本は女性が働きやすい社会になっているのだろうか。イメージ通りといっては語弊があるが、やはり土木業界に従事する女性の数はまだまだ少ない。大地や大きな構造物を相手にする仕事が男性優位を連想させるが、けっして男性だけに与えられた仕事ではない。女性でもおおいに活躍できる。このことは、地盤調査のプロフェッショナル、酒向明子が証明する。北海道の豪雪地帯出身、生まれも育ちも北海道、現在、基礎地盤コンサルタンツ北海道支社に勤務する酒向は、会社のなかでも注目の人材だ。

酒向は昨年、「技術士(建設部門)」の資格を取得した。技術士は、本稿でも度々触れている、この業界の重要かつ最難関資格のひとつである。そして、技術士・酒向の特徴は「子育て中の母であること」「一度退社をして復職を果たした」という、このふたつである。

「復職後の2回目の挑戦でしたが、なんとか取得することができました。私は現在、ふたりの小学生の子育て中です。通常業務に加え、家事、育児を行いながらの受験でした。勉強に使えるのは、家族が起きてくるまでの1時間(朝4時~5時)、通勤時の地下鉄車内(20分が2回)、そして週末の2、3時間だけでした。行楽日和でも週末は、子どもたちの恨めしそうな顔を尻目に、部屋に籠り猛勉強。食料の買出しも、メモだけ作って夫にまる投げ。必要最低限の家事しかしない日々。それが半年ほど続きました。でも、私がどうしても資格を取りたいという気持ちを事前に伝えておいたから、みんながいっしょにがんばってくれた。ほんとうに感謝です」

資格取得への協力体制は社内にもあった。酒向は社内に設けられている「受験支援制度」を活用した。本社との合同カンファレンスへの出席、所属部署上長からの模擬問題添削指導、支社長、部門長、「技術士養成塾」などによる模擬面接など、多くの人の援助を得られた。

「おかげさまで、たくさんの励ましとたくさんのダメ出しをいただきました(笑) 模擬面接の翌日は家で、朝食の支度をしながらボイスレコーダーでひとり特訓。丁寧な添削指導のおかげで効率よく勉強ができたし、それまで面識のなかった(技術士)養成塾の方々からも模擬面接を受けることができ、(緊張する状況での受け答えに慣れることができたので)本番ではずいぶんとリラックスして話すことができました。社内的にもすごく恵まれた環境でした」

晴れて技術士となった酒向にはちょっと変わった経歴があった。彼女は基礎地盤コンサルタンツに入社後、一度退社している。退社の理由は、いまでいう「妊活」である。仕事面での問題はなかったが、相談に行った医師に促され、将来のための決断をした。30歳過ぎのことである。

「仕事はおもしろかったし、どうしても子どもも欲しかった。表向きは平穏でも、いろいろな面で無理をしていたのでしょうね。悩んだ挙げ句の結論でしたが、一度はプロとしてのキャリア(約6年)を諦めました。こういう専門性の高い仕事は、常に現場に接していないと情報が入ってこないので、ああ私はもうこの業界には戻れないなと思いました。その時は持っている資料を全部シュレッダーにかけるぐらいの気分でした」


室蘭工業大学工学部建設システム工学科土木コース専攻




退社後、無事ふたりの子どもを授かった。その子どもたちが幼稚園に上がる頃、酒向は同じ業界の違う会社に復帰した。約1年の(他社での)助走期間を過ごし、基礎地盤コンサルタンツの元上司から「戻ってこないか」との誘いを受けた。パートの期間が4年半、その後、彼女は正社員としての復帰を果たした。

近年耳にすることの増えた「アルムナイ採用」(OB、退職者などの再雇用)である。アルムナイ採用は、その組織や仕事に対する知識や経験があり、雇用されることで素早く価値を提供できる可能性が高いため、人材確保の一手段として利用される。基礎地盤コンサルタンツでも、自然発生的にこの制度が根付いている。

「会社に産休・育休の制度はありますが、子どもに手がかかる育休の間には子育てに精一杯で、並行して自分自身のキャリアアップなどは考えることができません。私の場合は結果論かもしれませんが、一旦離れて子育てに集中して、もう一度戻ってキャリアアップに挑戦できた。これからの世代の人たちももっと気軽にこのような働き方をチョイスしていければいいなと思います。もちろん、完璧な制度にはなかなかならないのかもしれません。朝4時に起きて勉強しなきゃいけない状態なんてやっぱりきついし、子育てだって完璧にはできません。だけど、会社で提供してくれるバックアップをうまく利用して、資格取得でもいい、技術の習得でもいい、きついなりにも自分で調整して、いろんなことに挑戦していけるような時代に、もっともっとなっていけたらいいなと思いますね」


北海道全土の地盤を担う、支社スタッフたち

現在、酒向は、地盤調査の計画・実施を主に手掛けている。技術士は専門家であると同時に、現場のリーダーであることが要求される。多くの人間の安全を守るような大きな視野を要求される。業務を進めていくうえで、どれだけ周囲の状況に目を配ることができるか。自分で安全を前提とした環境づくりを進めていく。若い人でも資格は取れるが、やはりある程度の経験や年数も必要だと酒向は語る。




「頭では理解できていても、実際に現場でどう振る舞えるのか。ゼネコンから地主さんまでみんなが同じ方向を向いていけるように調整しながら、安全な未来をいっしょに考えていく。本社のように大きなプロジェクトばかりではなく、小さな工事のお手伝いなど、状況もさまざまです。その状況に応じて、少しでも安心した施工ができるように務めています。最近は、本社の特殊技術を使う、支社だけではできない仕事にも関わらせてもらっています。小林(陵平)さん(第2回掲載)の所属する調査機器事業部や若杉(護)さん(第1回掲載)のいるジオラボセンターの協力を仰ぎながら、業務を進めていく。技術士として専門家ではありますが、やはり得手不得手はあります。社内ネットワークを頼りに技術の詳細や適合性などを綿密に相談しながら、計画を進めさせてもらっています」

酒向は国立の室蘭工業大学で土質工学を学んだ。一見、男性優位に見える分野で、彼女はなぜ土木の道を選んだのか。

「父が工業高校出身者なのもあり、家に集う友人たちに土木関係者が多く、小さい頃から土木を身近に感じていたというのが大きいのかもしれませんね。受験の際には看護学科なども受けたりしていましたが、気がつくと、自分の父の話や行動(庭先を自分でいじる)に影響を受けていたのかなと思います。在学時の2年次に建築と土木に分かれるのですが、土木に行ったのは、橋、道路、トンネルなど、誰もが気づいたら使っているようなインフラにどこか惹かれていたのだと思います。やはり工学系は女性が少なかったですね。全体の1割から2割ぐらいでしょうか。建築志望よりも土木志望はさらに少なかった印象です」

北海道の豪雪地帯出身。趣味は家庭菜園と雪遊び。年中読書、たまにピアノ。お酒の席をこよなく愛する、とは本人談

あえてお伺いします。この業界にいて女性としてやりにくかったことはありますか?

「あまり意識したことはありませんが、やはりまだまだ女性の数が少ないので、子育ての問題にせよ体調の問題にせよ、きちんと発言して環境を自分で作っていかないと、けっきょくはなにも変わらないんだと思います。男性でも女性でも、個人の最大限の実力が発揮できるような環境づくりが大切。人任せにしてはだめなんですよ。黙っているとだいじょうぶだと思われてしまう。でも、ちょっと考えるとわかるのですが、これはあたりまえのことなんですよね。職場の人々の環境は人それぞれですから。私自身いまでも、“ワークライフバランス”の試行錯誤中です。私は一時的にでも専業主婦だったので、家のことを完璧にこなしたいという気持ちがどこかに残っている。それがストレスなんですね。でも、認めなくなかったけど、全部を完璧になんてできない。いい仕事をするためには、ひとつずつ自然なかたちで手放していかなければいけないな、と思っています。私は仕事がおもしろい、一生懸命に仕事がしたいって、子どもに伝えています。すると、子どもがその環境をつくろうとしてくれる。仕事時間が伸びて夕食が予定よりも遅くなると、準備を自然と手伝うようになる。配膳の準備をしたり、お味噌汁の味噌をといてくれたり、お母さんがどう動きたいのかを子どもはよく見ている。子どもってすごいなって思います」

そういう酒向さんの姿を見て育ったお子さんがまた、そういうお母さんになっていく。いい循環ですね。ところで、何かご趣味というか休日の息抜きで大切にされていることはありますか?


家庭菜園の様子。「手を動かす、自分で作る」が身についた習慣

「家庭菜園ですね。田舎育ちなので、畑で物が取れるのが当たり前に育ったから、自分もやらずにいられなくて、自宅の庭でトマトやらキュウリやら、いろいろ育てています。あとは、週末はなるべく子どもたちと一緒にいて、仕事のことをうまく忘れるようにしています。たまに、お母さんはなんの仕事をしているの? って子どもに聞かれるんです。その時は、“お母さんは泥団子を作っているのよ”なんて言っています。実際に触りながらどういう土質かをチェックしたりするので、けっこうほんとうのことなんですよね(笑) 若杉さんのお話に通じますけど(第1回参照)、私も砂浜に行くとスリスリと砂を触って液状化させています(笑) 休日でもどこかで仕事を忘れていない、土質調査マンあるあるなんですかね」




仕事が好き、子どもが好き、そして北海道が好き。そんな気持ちのあふれたお話が聞けた。女性たちのますますの活躍が目に見えるようなインタビューだった。(敬称略)