シリーズ 基礎地盤のプロに訊く

ジャンプしながら
着地の足場をつくる
グリーンプロジェクトの
未来絵図

海外事業本部 海外東京支店 支店長

安田 智広

(やすだ ともひろ)
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その名刺には「SENIOR GEOLOGIST」とある。これは、世界で活躍する「上級地質学者」安田智広につけられた肩書である。シンガポール政府の依頼で大深度地下開発のための地質調査「3次元地質モデル」の作成に携わった。安田は現在、シンガポール支社・副支社長を務めるとともに、海外進出の日本の窓口となる海外東京支店支店長を兼務する。年間の3/4はシンガポール、1/4が日本という完全なる二拠点生活だ。

基礎地盤コンサルタンツの海外進出は、1970年代に遡る。国内での研究成果や技術力を活かすべく海外事業部を立ち上げ(1974年)、同年シンガポール支社を設立(1974年)、それ以降、さまざまな国際プロジェクトに参加してきた。安田は、現在の海外事業の概要をこう説明する。

「設立当初の経緯もあり、現在、海外関連の売上の8~9割をシンガポールが担っています。海外で活躍する同業他社の場合、JICA(国際協力機構)などのODA(政府開発援助)関連の仕事をすることが多いのですが、うちの場合は、(ODAのない)先進国であるシンガポール政府からの仕事が多く、民間の企業からも発注をいただいております。そういった日本政府関連ではない分野に強いということが、弊社の特徴です。シンガポール支社は創立50周年を迎えます。初期の頃は赤字に苦しんでいましたが、それを長い間耐え忍び、ずっとシンガポールの地元企業のようなかたちでやってきたなかで、『基礎地盤コンサルタンツの調査試験は品質がいい』という評価が少しずつ固まってきて、今の姿があります」

海外事業本部は、日本のゼネコン各社とともに、シンガポールの地下鉄、埋立事業(シンガポール国土の2割以上は埋立地)、港湾施設、高層ビル、セカンドリンク(マレーシアとの国境にかかる橋)、(マーライオンの対岸にある)エスプラネードシアター、国立博物館、マリーナベイ・サンズ(空中庭園のある統合リゾートホテル)など、シンガポールを代表するインフラ建設に貢献してきた。その後2000年代に入り、シンガポール政府の入札案件に積極的に参加するようになり、売上の半分以上を政府からの直接請負案件が占めるようになったという。


安田智広氏(本社にて)。学生時代は、長野(信州大学大学院工学系研究科)で地質学を学んだ。

安田智広氏(本社にて)。
学生時代は、長野(信州大学大学院工学系研究科)で地質学を学んだ。

「会社の仕事としてはもちろん、地盤調査を中心とするコンサルティングですが、私の実際の仕事としては、マネージメントが主で、プロポーザル(見積もり)の作成(ローカルスタッフへの指示や助言など)や入札のほかに、実際に稼働するローカルスタッフへの技術指導などがあります。若いスタッフが多いので、元気があるのはいいのですが、まだまだ技術が定着していない部分もあって、キメの細かいサポートが重要な仕事になっています」

シンガポール支社と関連会社の現地法人には、合計約140人のスタッフが働いている。日本人駐在員、エンジニア(地盤の専門家)、現場や試験室で働く技術者、経理・総務、その他作業スタッフなどだ。エンジニアの出身国は、シンガポール、マレーシア、インドネシア、ミャンマー、中国など。過去にはスリランカ、モーリシャス出身者もいた。現場の作業スタッフは、インドまたはバングラデシュ出身者が多数で、シンガポールに来てからボーリング作業の助手を経験し、選抜されオペレーターとなる。

2003年に入社した安田は、中国支社(広島)に7年間在籍し、シンガポールへと渡った。

「広島勤務の最中に妻が東京赴任になりまして、私も妻を追うかたちで東京に転勤希望を出しました。ですが、東京ではなくなぜか海外事業部、それもシンガポールに来ないかということになって(笑)、特別海外志向があったわけではないのですが、それはそれでおもしろいなとポジティブに受け止め、転勤を決めました。とくに各地を巡りたいという考え方をしていたわけではありませんでした。でも、動き回るようになるとやはり楽しい。場所場所で文化も食事も雰囲気もぜんぜん違いますよね。地盤に関しても同じものはないですし、プロジェクト自体もその都度違うので、それがなによりも楽しいですね。現在任されている海外東京支店というのは、海外事業全般に対する日本の窓口です。海外の会社が日本国内で工場建設や洋上風力への進出などを計画する、あるいはその逆で、国内のお客さんが海外に進出する、そういうときにここで仕事を請負います。『現地を実際に見てもらいたい』、あるいは『進出先のカウンターパート(受け入れ担当者)と打ち合わせをするから専門家として同席して欲しい』など、国内に比べると少人数で柔軟に対応しなければならないので、ノウハウはかなり広がります。地盤の専門家でありながらも、現場でのネゴシエーションやプロモートなどのノウハウが必要になってくる。本来は稼働部隊と営業部隊は別組織なのですが、単に技術的支援だけではなく、各拠点を総合的にフォローしていくような仕事の体制になっています」

1980年代後半、企業の海外進出が活発化した。学生や若き社員も積極的に海外を目指し、まだ見ぬ「グローバリズム」に必死に追いつこうとしていた。そんな時代からかなりの時間が経とうとしている。現代の若者は海外に関心を持っているのだろうか。また、海外勤務は会社だけでなく、個人にいったい何を気づかせ、何をもたらすのか。そんな最近の「海外事情」について訊いてみた。


趣味はパパ友たちとボッチャ(インクルーシブ・スポーツ)をすること。

趣味はパパ友たちとボッチャ(インクルーシブ・スポーツ)をすること。

「正直そんなに多くはないですけど、我が社にも、海外に強い思いを持って入ってくる新人がいます。たしかに昔とは海外に対する意識は変わっている。円安傾向もあって、経済的なギャップも感じます。あとは技術力の問題もある。『日本の技術は優秀』とばかり思っていたら、実は海外のほうが先に取り入れ、日本ではまだやっていない探査や試験などもある。日本は油断をすると、ガラパゴスになってしまう。実際、洋上風力などの分野で、日本では基準化されていないような調査や試験がお客さんの仕様書に入ってきています。海外事業っていう従来の言い方感じ方を超えて、何かボーダーレスになってきたのかなっていうのは感じます。オンラインなどでコミュニケーションのかたちも変わってきているので、これからは日本標準にこだわるのではなく、それぞれの国の標準に柔軟に対応していくちからが必要なんだと思います。何で海外に合わせなきゃいけないの? って言われた場合、それは簡単なんです。人が減り、当然インフラもしぼんでいく。日本の市場だけではどうしても頭打ちになってしまう。日本の国土ももちろん大事だけど、もっと広い視野で、我々の生活や未来の姿を考えていくのもおもしろいのかなと思っていますね」

逆に、日本が海外に発信していくべき思想、技術、ルールはありますか?

「そうですね。やはり、土や岩盤のサンプリング技術です。弊社のGPサンプリングのような土を取るための技術がパッケージ化された「製品」は海外にはあまりないので、日本が自信を持って提供できるもののひとつです。あとは圧倒的な品質の良さと作業へのこだわりですかね。ですが、こだわりすぎると過剰品質になり、日本のものはコストや時間がかかるということになるので、そこはケースバイケースなんですけどね。あとは時間の感覚です。海外の場合、もちろんケースによりますが、作業の締め切りに対する感覚がちょっと緩いところがあって、どんどん提出日が延びていく傾向にある。価格競争が激しいのでコストパフォーマンスは必死に考えるけれども、「タイムパフォーマンス」的なことはあまり考えなかったりする。タイムマネジメントは、日本が世界に発信すべきことなのかもしれないですね」



「グリーンプロジェクト」は、地球温暖化の防止や経済活動の持続可能な発展を目指してさまざまな分野で展開され、もはや世界的流れとなっている。基礎地盤コンサルタンツも再生可能エネルギー推進の立場から洋上風力などに積極的に力を注いでいる。単なる掛け声だけでは終わらせない、実現可能な「未来社会」へ向けて、その推進にはいったい何が必要になるのか。海外にいる立場から安田の意見を訊いた。


「難しい質問ですね。もちろん、ここシンガポールでも、期限を決めて、カーボンゼロ社会実現に向けての取り組みを始めています。再生可能エネルギーの開発や投資も盛んです。オーストラリアからソーラー発電した電力を海底ケーブルでシンガポールに持ってこようという計画もあります。こういったとんでもないことをやるには『まだ見ぬ』技術も必要だし、莫大な資金もいる。だから未来図を描くことと技術を発展させることと資金を集めること、あるいは政治の動きなども全部含めてすべて同時にやるわけです。これはこれで、大規模インフラ建設の世界では必要なこと。水の上をジャンプしながら(同時に)着地するための足場(島)を作る、ことにたとえたりします。実際のところ、洋上風力の技術もまだまだ未成熟です。実証実験をしたり、技術を開発しながらプロジェクトを大きくしているのが現状です。まだまだ不完全であって、絵空事のように見えるかもしれない。だけど、甘く見ないほうがいい。月に行くことだって、人類が月に行こうって考えたから最終的には実現したし、うちの社長の言う『月の地盤を調査する』という目標も、我々の生活の発展のため、じゅうぶんに意味があると考えているから精一杯近づこうとする。もちろん、コスト、時間、実現性、利潤も大事なことだけど、そういう純粋に未来を考える気持ちを失くさないようにしたいと思いますね」


安田は福島県郡山市の出身。小さい頃から星を眺めるのが好きだったり、日本野鳥の会に入っていたりするナチュラリストだ。中学校のときは科学部に在籍、夜空を眺めながら宇宙に思いを馳せ、また鳥や土や自然を愛し、大学に進む段階で地学の道を歩んだ。


「でも、移り気といえば移り気なんです。ロマンチストというより、星、土、鉱石、生物、アレが見たいコレが見たいと次々と夢中になっていた。でもそんな思いが、いまの自分の原点になっている気はします。最近では、ゆっくりと星を観るような機会が減ってしまいましたが、それでも夏休みに地方自治体が行う小学生向けの自然教室があるのですが、(そこの役員をしていて)小学生を2泊3日で長野県のある村へ連れていって、一年にいっぺんだけ、目一杯星を楽しんでいます」

どんな人材に新しく入ってきてもらいたいですか?

「やはり何かが得意な人がいいですね。もちろん、最初から完ぺきにこなす必要はないし、得意だといっても自分がそう感じていればいい。結局チームで仕事をするので、得意な『役割』があると頼もしい存在になれる。そうすると、本人もうれしいし、こちらもうれしいんです。とにかく凸凹じゃないですけど、いろんな人が集まって仕事をするのがいい。そのほうがみんなのちからも湧くし組織としての広がりも出る、そう思っています」

頼もしき海外のエキスパートは、やさしそうな笑顔で最後にそう語った。(敬称略)


シンガポール支社のメンバーたち

シンガポール支社のメンバーたち